『笑点』司会者として活躍する春風亭昇太師匠。
そんな昇太師匠について調べると、その名前の由来について気になるエピソードがあります。
実は“昇太”という名前には、師匠から受け継いだ意味だけでなく、伝説的なマラソンランナー、“フランク・ショーターが由来では?”という少し不思議なエピソードも存在するようです。
この記事では、昇太師匠の名前の由来と、“春風亭昇太”を守り続ける理由について深掘りしていきます。
この記事でわかること

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春風亭昇太の名前はフランク・ショーターが由来って本当?
本名:田ノ下 雄二(たのした ゆうじ)
生年月日:1959年12月9日(66歳)※2026年5月時点
出身:静岡県静岡市清水区
家族:妻は宝珠小夏(元宝塚歌劇団 雪組の娘役)
所属:落語芸術協会(2019年からは会長を務める)
春風亭昇太師匠の名前について調べると、少し意外なエピソードが出てきます。
それが、「フランク・ショーター由来説」です。
フランク・ショーター氏はアメリカの伝説的なマラソンランナー。
1970年代にミュンヘンオリンピックで金メダル、モントリオールオリンピックで銀メダルを獲得している世界的に活躍したマラソンランナーです。
そんなショーター選手には、こんな大ピンチ!なエピソードが。
1973年の毎日マラソンでのこと。
給水後にお腹が痛くなってしまったショーター選手。仕方なく草むらで用を足しレースに復帰。このロスタイムがありながらも、先行するランナーを抜き去り大会新記録で優勝したというもの。
この件に関してはフジテレビ「トリビアの泉」でも取り上げられていましたね。番組にはご本人も出演していて、こう語っています。
「レースに勝つために克服しなければならない障害はいろいろあるが、これはそのひとつに過ぎません。う○こすることさえ競技の一部なんです」
— フジテレビ「トリビアの泉」出演時
このショーター選手のトラブルに屈しない姿が記憶に残っていたため、ショーターをもじって”昇太”となったという説があります。
都市伝説的な話かもしれませんが、マラソンに人生を賭けたショーター選手の心意気は、落語に人生を捧げる昇太師匠の芸人魂に響いたものはあったかもしれません。

ショーター選手、イェール大学からフロリダ大学へ進み法律を専攻した超エリートでもあります!テレビ番組で茶化されても真摯に受け答えする姿勢がかっこいいです。
なぜ名前を変えない?昇太師匠が“春風亭昇太”を守り続ける理由
春風亭昇太師匠の名前は、師匠である春風亭柳昇師匠からもらったものです。
落語界では弟子入りすると、師匠から芸名を与えられることが一般的なので、昇太師匠もこの慣わしに沿って、春風亭昇八から二ツ目に昇進した1986年に「春風亭昇太」となりました。
しかし、落語界では出世に伴い名前が変わることがありますよね。
特に真打昇進や襲名では、
- ○代目○○
- 名跡の継承
が大きな話題になります。
しかし昇太師匠は、二ツ目昇進以降も現在まで“春風亭昇太”のまま活動しています。
偉大な師匠”春風亭柳昇”の名跡を継いでほしいという声もある中、現在までその提案は保留にしています。昇太師匠も大変お世話になったであろう歌丸師匠も襲名を希望していたそうですが、それでもかたくなに”昇太”を守り続けているのはなぜなのでしょう?
それは、“春風亭昇太を完成させる”ためかもしれません。
昇太師匠は落語家としての顔だけでなく、俳優やタレントとしてお茶の間に親しまれた存在。
つまり、「無理に襲名しなくても成立する落語家」になっているため、自分の名前でできる限りをやり尽くす覚悟なのかもしれません。
【まとめ】春風亭昇太が名前を変えないのは昇太流の”美学”
春風亭昇太師匠の名前には、
☑️ 師匠・春風亭柳昇師匠から受け継いだ「昇」
☑️ フランク・ショーター由来とも言われるユニークな説
がありました。
真相は本人のみが知る部分もあるかもしれません。
ただ確かなのは、
“春風亭昇太”
という名前が長年かけて唯一無二のブランドになったことです。
だからこそ昇太師匠は襲名に頼らず、この名前のまま『笑点』司会者として、そして落語界を支える存在として活躍し続けているのかもしれません。
いつものイジられ司会者の昇太師匠の顔にのぞく、落語家としての美学を感じると、ますます笑点を見るのが楽しくなってきますね!






