「君は1000%」で一世を風靡したカルロス・トシキさん。
最近では「現在はニンニク関係の仕事をしているらしい」
という話題でも注目を集めています。
かつてシティポップの象徴だった彼が、
なぜ母国ブラジルで“ニンニク王”と呼ばれるようになったのでしょうか?
この記事では、カルロス・トシキさんの現在の仕事や活動、
音楽との関わり、そして意外すぎる転身についてまとめました。
この記事でわかること

時間がない人向けに重要部分は黄色ラインで読めるようにしています。
シェアは90%超!カルロス・トシキはブラジルのニンニク王!
1986オメガトライブのボーカルとして
活躍したカルロス・トシキさん。
現在は母国ブラジルでニンニクの品種改良に関わる仕事をしていて、
なんとそのニンニクはブラジルで90%を超えるシェア率だといいます。
1995年ごろ椎間板ヘルニアなど健康上の理由から
日本での音楽活動を休止。
その後ブラジルへ戻り、「テクノ・プランタ」という種苗会社で働きながら
48歳で国立大学に入学。
大学でバイオテクノロジーを学んだそうです。
そして長年の研究の末、病気に強いブラジル産ニンニクの開発に成功。
現地では“ニンニク・スペシャリスト”とも呼ばれているのだとか。
「元人気ボーカルが農業研究の世界へ」
というギャップもあり、現在でもたびたび話題になっています。
日本での成功にすがらず、新たな道での成功のために
学び直すことができること自体、才能なのかもしれませんね。

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なぜニンニクの道へ?転身の理由が意外だった
カルロス・トシキさんがニンニク研究に進んだ背景には、
ブラジル国内の農業事情があったようです。
長年、ブラジルでは中国産ニンニクへの依存が強かった一方、
現地の気候に合った品種づくりが課題だったとのこと。
そこでカルロスさんは
「ブラジルで育つ強いニンニクを作りたい」
と考え、本格的に研究を始めたそうです。

ブラジル料理はニンニクをたくさん使うので自国での生産にこだわったのだと思われます。
しかも、ただ名前を貸しただけではなく、
自ら大学へ通って学び直したというのだから驚きです。
音楽の世界から離れたあとも、
“自分の人生を一から作り直す”
ように努力を重ねていたことが伝わってきますね。

こんな感じでニンニク事業に取り組んでいるようです。
今も根強い人気!“伝説の夏男”が愛される理由
カルロス・トシキさんといえば、
やはり1980年代のシティポップブームを語るうえで欠かせない存在です。
透明感のある高音と爽やかなビジュアルは、
“都会的な夏”を象徴する存在として今も支持されています。
近年はシティポップ再評価の流れもあり、
「君は1000%」などの楽曲を通じて
若い世代も含めて再注目される場面も増えました。
シティポップの火付け役ともいえるNight Tempo さんの
イベントにもゲスト出演されています!
さらに、「歌手として成功したあと、別の世界で努力を重ねている」
という現在の生き方に惹かれる人も多いようです。
音楽業界に残り続けるのではなく、
母国への貢献を生きがいとしている姿もまた素敵ですね!
また近年は、日本でライブ活動を行っています。
さわやかな歌声は新旧のファンを魅了しています。
【まとめ】カルロス・トシキは“ニンニク王”として第二の人生を歩んでいた
☑️ 1986オメガトライブの元ボーカルとして大活躍
☑️ 健康上の理由でブラジルへ帰国
☑️ 母国ブラジルのニンニク事業を守るため働きながら48歳で国立大学に入学。
大学へ通いながらニンニク研究の道を極める
☑️ 現在はブラジルで品種改良に関わる仕事をしている
☑️ シティポップの再評価で若いファンも急増
☑️ 根強い人気があり日本でライブ活動をたびたび行っている
音楽シーンで一時代を築いたカルロス・トシキさん。
現在は華やかな芸能界とは別の場所で、
自分らしい人生を歩んでいるようです。
“伝説のシティポップ歌手”から“ニンニク王”への転身は、
多くの人の印象に残り続けそうですね。



